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大阪高等裁判所 昭和35年(ラ)166号 決定 1961年1月20日

再抗告人 松岡登代子

主文

本件再抗告を棄却する。

理由

本件再抗告の理由は別紙記載のとおりである。

第一点について。

債務名義は執行債権者をしてその債務名義に表示された実体上の請求権についてその実現の結果を享有せしめ、執行債務者をしてこれを受忍せしめる基本をなす証書であるからその証書自体によつて債務者が如何なる義務を負うかを認識できる程度に明確かつ具体的に表示されていることを必須の要件とするものであり、その請求権の実現が或る条件にかかる場合においてはその条件についても債務名義自体によつてその条件の内容が認識せられ得る程度に具体的に表示せられていることを必要とするものであつて、この条件の成就が証明書によつて証明せられてここにその請求権についての執行力の存在を認定することができ執行文の付与をすることができるのである。この条件に関する記載が不明確かつ具体性を欠くときは、条件の成就があつたものか否かの認定ができない結果執行文の付与をすることができないことになるのもやむを得ないものといわなければならない。

従つて、裁判所としても、かような欠陥のない和解調書を作成するよう注意しなければならないことは勿論であるが、本件執行文付与申立の当否に関しては、原決定が本件和解調書第一項の条件の記載は明確を欠き、抗告人提出の借用証書によつては条件の成就を証明しがたいとして右和解条項が執行力を生じ難く和解条項第二項、第三項も第一項を前提とするものであるから、また、その執行力を生じたものと認めることができないと判断したことは正当というのほかはない、そして原決定は本件和解調書を無効と断じたものでないから、この主張を採用しがたい。

第二点について。

和解調書に既判力があるか否かについては、争のあるところであるが、既判力ありとの見解に立つも、控訴人は民事訴訟法第五二一条により執行文付与の訴を起す途もあり、また債務名義である和解調書がその執行力を生ずるに由ない場合はあらためて別訴を起してその請求権の実現をはかることは禁ずるものでないと解するを相当とするから、この論旨もまた採用するに由ない。

第三点について。

民訴第五一八条第二項に基く執行文付与の申立についても、裁判長が命令前に書面又は口頭を以て債務者の審尋をなすや否や又は証明書の追完を命ずるや否やは裁判長の裁量に属し、必しもこれをなさなければならないものと解することができないから、本論旨もまたその理由がない。

以上説示の如く原決定には再抗告人主張のような決定に影響を及ぼすこと明かな法令の違背あることが認められないから、これを理由なきものと認め、主文のとおり決定する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

別紙

再抗告理由書

第一点、原決定は本件和解調書の和解条項の第一項「相手方守屋高恒は申立人から負担する債務の履行を遅滞したとき本件不動産につき申立人のため所有権移転本登記手続を為し且つ明渡して引渡すこと」との記載に依れば守屋高恒の給付義務は抗告人に対し本登記手続をなすべき義務と明渡義務とであるが、右給付義務の実現は「守屋高恒が抗告人から負担する債務の履行を遅滞したとき」との条件にかかつていることが認められるところ、右にいう債務は金銭債務であることが推認せられるけれども、それ以外に右債務を特定するに足りる具体的な記載はないから、結局右条件に関する記載は明確を欠いているものと言はざるを得ない。と断じているが、その債務を特定するに足りる具体的な記載というのはどんなことなのか詳らかでないが、例えば債務の金額や弁済期まで記載が必要だというのだらうか。本件和解は抗告人が守屋高恒に対し将来発生することあるべき金銭債権の為めの根担保として本件不動産を譲渡担保に提供せしめたことに因る担保実行の方法として本登記手続及び明渡義務を守屋の債務不履行を条件として履行せしめることを確定したものであるから将来発生する債権額や弁済期等を予め定めることができない結果として具体的に特定するに由ないのが当然なのだから、この点で法定担保たる抵当権と趣を異にする。即ち根抵当においては将来の一切の債務を被担保債務とする場合被担保債務が特定しないから無効だとする法務省の見解(昭和三〇年六月四日法務局長宛通達)をめぐつて論議があるが(ジユリスト一〇七号根抵当問題特集号御参照)譲渡担保においては契約自由の原則に依り被担保債権について特定する必要はなく従つて特定せずして将来発生することあるべき一切の債権を被担保債権とすることが許されるのだから特定するものがない限り一切の債権を包括するものと解すべきである。本件債務名義には金銭債務について守屋が申立人から現在負担し将来負担することあるべきものの弁済担保として本件不動産が抗告人に提供されていてその債務の履行を遅滞したことが条件となつて明渡等の執行ができることが明示されているのである。これは抗告人において債務者が負担債務の弁済を遅滞したことを証明した場合執行裁判所として執行文を付与すべきであるのに、原決定は前述のように債務名義に被担保債権が特定するに足る具体的な記載がないから執行力を生じ得ないかのように判示しているが、その判示はまさしく債務名義即ち和解調書の無効を論断するに帰着し民事訴訟法第五二〇条に依る権限を越えて執行異議訴訟ないし和解無効確認訴訟における判決手続で為すべき判断を敢えてした違法があるからこの点で破棄を免れないと信じる。

第二点、本件和解調書が原決定のような理由で執行文付与が得られないとすれば、和解調書に既判力があるのだから(最高裁昭和三三年三月五日大法廷判決民集一二巻三号三八一頁所載御参照)本件和解の訴訟物である譲渡担保に因る引渡等の請求権は和解調書の和解条項に包含され結果既判力の反射効に依り別訴を提起することが許されないことになるされば原決定の理由は民事訴訟法第二〇三条同第一九九条の規定(反対解釈)に違背するから破棄を免れないと思料する。

第三点、原決定の理由とするところは若しも抗告人の提出した証明書に表示する債務者守屋高恒の抗告人からの負担債務が本件債務名義たる和解調書に表示するところの条件につながる債務なるものと異る疑があつて、それを詳らかにし得ない(そんなことは全くないことは全資料で明かである)という趣旨であるならば抗告人に対し証明書の追補を促し又は関係人を審尋してそれを明かにすべき審理責任があるのに、その責務を果さずして、たやすく執行文付与を拒絶せしめた裁判官の措置を肯定した原決定はこの点においても違法があり破棄を免れないと信ずる。

以上の理由により原決定を破棄して大阪簡易裁判所の書記に対し本件執行文付与を命ずる自判の裁判を仰ぐ次第です。

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